金沢で百年以上の歴史を持つ老舗ギャラリー『眞美堂』。真の美が集うというその名の通り、古今東西の伝統工芸品が所狭しと陳列されてきました。ビルは兼六園や21世紀美術館にほど近い香林坊の中心部に位置し、かつては金沢で最も高い建物だったと言われています。
竣工から半世紀以上の月日を経てなお、美への愛ある眼差しであふれたこの空間を、また美しいアーチで縁取られた象徴的な建築を、次の世代へと繋いでいくために『香林居』は生まれました。
ご挨拶、
香林居が生まれるまで
建築について
香林居と生まれ変わった眞美堂ビルは昭和46年にこの地に建設されている。金沢のまちの空気感は、木造の古い建築から現代建築にいたるまで、ひとつづきに繋がり、幾重にもかさなり、混ざり合っていることが、その魅力であると指摘する人は少なくない。この建築は規模も小さく、著名な建築家によって建てられたものではないが、金沢らしいモダンな意匠をまとっており、取り壊すべきものでないことを直感的に感じとっていた。プロジェクトは何度も座礁しかけたが、金沢市の多くの方にご助言を頂きしっかりつくり上げることができた。また初期の段階から、再生し新しい価値を創出していこうと、人の輪が自然に大きく広がっていった。それは、この建築のもつ生命力がつくり出していったものだと、今は確信できる。こうして新しく香林居として生まれ変わった。現代的な感性で革新的な部分も多いが、それをしっかりと受け止められるのも、この建築の持つ力だと感じざるをえない。金沢の街中にあって、この建築の力とどこにもないこの環境が、より多くの人々の記憶に刻まれることを願っている。
建築設計
ユウプラス 由田徹氏
デザインについて
完成に近づいた香林居に居る。 ラウンジに居ても、レストランに居ても、客室に居ても。ずっとそこに居たくなるのは何故なんだろう。実に居心地が良い。 見上げると50年前に作られたコンクリートが現れている。今作れる風合いではない美しさがある。耐震補強の壁はアーチ形状で角が丸く、人の手で丁寧に作られているのがわかる。ほとんどが手仕事。ケミカルな素材は見当たらない。木は微妙にコントロールされた質感。ビンテージ家具のアームを摩りながら既存ファサードのアーチ越しに見える成熟した美しい緑を眺める。 風に揺れるカーテン。蒸溜された木の香り。心地良い音楽。品のある照明計画。良いなぁと感じるビンテージ家具。拘り抜かれたセンスの良い備品、アート、書籍。 そしてフレンドリーで礼儀正しいホテルスタッフがチームワークよく準備を進めている。 居心地の良さを書くときりがない。 建築やインテリアのデザインを極力消そうと思いながら進めていたが、ふと気付く。 僕達はこの建築に「時間」をデザインしたのだと。だからここにずっと居たくなるのだと。 ホテルコンセプト「新しい金沢時間を処方する」に今僕は浸っている。
建築設計
ひとともり長坂純明氏
アートについて
江戸時代を外様大名として生き抜いた加賀藩・前田家。幕府から一歩引いた目線で時流を読み、文化を育んでいったその絶妙なバランス感覚が、後の金沢の文化形成に大きく寄与したことは間違いありません。金沢といえば伝統工芸や豊かな食文化といったイメージを思い浮かべることは、今では一般的なことでしょう。そのような歴史風土を踏まえながらも、今回香林居のスタイリングにおいては、敢えて金沢らしさから少し距離を置き、都市の洗練と自然が同居する[香林坊]という視線でホテルを眺めることを意識しました。ホテルが旅人にとって一種のユートピアとしての装置を果たすよう、国籍や様式に囚われず、様々な角度から眺めることで香林居のオリジナリティが浮かび上がってくる……そんな風景を思い浮かべ、アーティストや家具・小物等の選定を行いました。例えば、エントランスとシームレスに繋がる半地下空間の[Taiwanese cuisine karch]。中央に鎮座する印象的な大テーブルの周りには、出来るだけ作意を排除した椅子を製作し配置しています。また、壁面のカナダ人アーティストEd Bartram氏の作品は、地下空間から微かに覗く香林坊の木々とリンクしています。このようにメッセージは随所に散りばめられているのです。どことなく五感が揺さぶられている感覚に気づき、香林居の館内を歩いてみると、思いがけない発見があるかもしれません。ときには自分にとっての気づきが大きな価値となることもあるでしょう。そんな「新しい金沢時間」を香林居でお過ごしいただけましたら幸いです。
アート監修
SKLO 塚本美樹氏
クリエイティブについて
建物は既に素晴らしい。であれば、新しいコンセプトを建てる。「新しい金沢時間を処方する」という言葉を旗印に、多くの創造性が建てられていきました。ホテルの名称は、香林坊という歴史性を未来へ継承していく場として、この地に居る意味を込めて。一人ひとりに処方された時間を積み重ねて、香林居のブランディングは磨かれていきます。ここでしか精製されない時間をお過ごし頂ければ幸いです。
クリエイティブディレクション
SUN-AD 藤村君之氏
香林坊という土地の解釈から生まれたコンセプト「新しい金沢時間を処方する」をかたちにするための世界観にも、この地、この建物ならではの歴史性がうつしだされていたいと考えました。時の経過におもむきを感じる、簡素な静けさをよしとする、そんな禅思想が宿った美意識にアーチの幾何学的リズムが際だつ空間。もとの館そのものがもつ魅力がこのホテルのアイデンティティとなり、アーチのシンボルが生まれました。シンボルを変形して展開した幾何学図形のひとつにルームサインがあります。部屋ごとに異なるその陶版は、九谷焼の器作家 丸谷牧子氏によって、一つひとつ手作りで制作されました。ロゴタイプは「美の集積地」であることから、文字を美しく表現するために生まれたとされる書がよいとし、書家 寺島響水氏に揮毫を依頼。美を元漢字にもつ「み」や「水」の文字が繊細な線の中に潜んでいて、美と水に恵まれたこの地の気配が漂っています。アーチに切り取られたその先の、香林居で過ごす豊かな時間は、アーティスト H a r r i e t L e e - M e r r i o n によるイラストレーションで表現。どこか遠くに存在するであろう秘密めいた理想郷での営みをイメージし、浮世絵の図法をとりいれて描かれています。歴史と過去への敬意がさまざまなかたちで表れたこの場にて、あらたな金沢時間をご堪能いただければ嬉しく思います。
アートディレクション
SUN-AD 藤田佳子氏
オー・ド・ヴィーについて
霊峰白山の大自然と共生しながら、その地の樹木やハーブからアロマを作る EarthRing から分けていただいた黒文字。古くから茶や香につかわれてきた黒文字は、樟脳の清涼感と山椒のスパイシーさが入り混じったような甘く爽快な香りが特徴です。この黒文字の枝と葉から作った蒸溜酒に、さらにmitosayaで育つ、青文字と白文字という同じクスノキ科でありながら微妙に香りの異なる二種を浸漬しました。黄緑色の枝色に浮かぶ黒い斑紋を文字に見立て、黒文字と呼んだ先人のセンスに敬意を払いつつ、IROMOJIと名付けました。木桶で熟成した和梨のブランデーとブレンドした後、仕上げには長い年月をかけて磨き上げられた白山の天然水で希釈しました。土さえも感じる、深い森の中に迷い込んだような味わいをお楽しみください。
蒸溜家
mitosaya 江口氏
九谷焼について
湿度を含む大気の中の光と風、移ろいゆく色彩と漂う香り、日本海に望む街の自然の美しさをイメージしました。 旅人にとってはほんの小さな出会いでさえ奇跡だと思います。
錦山窯アートディレクター
吉田るみこ氏
服飾について
打ち合わせの中で印象的だった"ユートピア"という言葉から着想を広げ、「スタッフの装いがその理想郷へ人々を引き込み、ホテルの世界観を共有するための装置として機能すること」を目指してデザインしました。その結果、従来のホテルの制服のイメージからは大きく離れ、ゆったりとしたチュニック調のセットアップに民族的な印象を与える紐で結ぶアイディアを採用。特徴的なアシンメトリーの前たては"金沢の街並みのように現代的にアップデートされた印象"を与え、ポケットのステッチ形状はホテルのファサードの印象的なアーチを連想させます。館内着は特に耐久性や素材等デザイン上の制限をクリアすることが私自身にとっても大変チャレンジングな企画となりましたが、とても素敵な館内着に仕上がりました。装いが香林居の世界観に入り込む体験を楽しんでいただくきっかけになれば、これほど嬉しいことはありません。